90年耕作してきた畑を守り続ける
(市東さんのあいさつ)

市東孝雄です。本日はお忙しい中お集まりいただきまして、ありがとうございます。
空港会社は先月の17日に、畑を奪い取るという形の新たなる裁判を起こしてきました。これは全く不当な裁判であります。私は断固として、裁判闘争を闘います。
私は裁判を法廷だけの問題とは思っていません。私は農民ですので、畑を耕しながら野菜を作る。そして90年代々耕作してきた畑を、畑として守り続ける。そういうことも闘争だと考えています。
法廷では肝心要の土地の間違いだとか、いろんな問題があります。しかしこのあいだ、間違っていることを指摘する証拠を突きつけました。
ですから私はこれまで通り正々堂々と畑を耕し続けます。罪を犯してもいない私が何故、法廷に呼ばれなきゃいけないのか。被告側に座るのは誰なんだ。
私はここであらためて言いたいと思います。一歩も引きません。
当時この畑を耕作してました私の親父には一切秘密にし、空港会社は畑を買収しました。にもかかわらず、そのあとの15年間、土地を売り放したはずの、旧地主の藤崎がですね、私たち親子から地代をだまし取っていたと、まあそれは空港会社がやらせていたことかも分かりませんが、そういう事実があります。
そしてまたこの裁判を起こすに当たりまして、明け渡せという畑の位置を誤認したまま押し通そうとしています。成田の農業委員会、県の農業会議、そして堂本知事も空港会社の農地法違反や位置の誤りを調べもせず、会社に加勢しました。全くひどい話です。
畑の離作補償額が1億8千万円です。これだけ出せば、もう文句はないだろうと、空港会社や県の役人は開き直っています。お金を出せば何でも解決できるという、空港会社、国の思い上がりには本当に腹が立ちます。
三里塚では激しい抵抗闘争が闘われました。そして血が流れ、尊い人命も落とされました。国は権力を振り回す姿勢を変えず、今も東峰部落、島村さんの頭上40メートルでジェット機を飛ばしています。そしてなおかつ、工事もそのまま続けています。反対同盟と東峰住民を、報道を借りて国賊呼ばわりし、追い出そうとしています。
中山(前)大臣の成田ゴネ得問題は心の底からの憤りを抑えることができませんでした。「1億8千万円より大根1本が大事だ」と言い続けてきましたが、お金で買えない、もっと大事なものがあると私は考えています。農地法第1条、農地はそこを耕す農民のものです。この畑は大正時代に私のじいさんが開墾し、以後90年間、誰にも邪魔されず、休まず、耕し続けてきた畑です。
空港会社は(農地を奪う)理由のひとつにあげています。「誘導路がへの字に曲がっている」と。しかしへの字に曲がっているのは、この畑が曲げた訳じゃないです。畑があったところに、空港を無理やり造った空港会社の責任であります。行き詰まり、土地収用法が使えないと、違法と無法の限りを尽くしてきました。それが私の農地をめぐる問題であります。
今日のこの講演と皆さんのお話を聞きながら、私はあらためて自分の仕事、農業をしっかりやろうという気持ちにますますなりました。農地と農業を守ることは空港を造るよりも大切と考えています。今、世界で9億人の飢えが出ています。日本では食についての信用が失われました。農民が農業で食べていけない、「これでいいんだ」と言う人は誰もいないと思います。このことに労働者の低賃金や生活苦による自殺の増加は無縁ではないと思います。私の農地の問題は講演で明らかにされた深刻な社会問題につながっています。
これからも今まで以上頑張りますので皆さんよろしくお願い致します。
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