法を犯しているのは誰だ!
9月1日午前10時30分から市東さんの耕作権裁判第8回口頭弁論が開かれました。
今回の法廷では、空港会社による畑の位置特定の誤りを示す決定的な証拠が提出されました。さらに市東さんが、勝手に「不法耕作」と決めつけられて被告席に引き出されることへの怒りを込めた意見陳述をおこないました。法廷では、空港会社による畑の位置特定の誤りを示す決定的な証拠が提出されました。
さらに市東さんが、勝手に「不法耕作」と決めつけられて被告席に引き出されることへの怒りを込めた意見陳述をおこないました。
今日の弁論と市東さんの陳述を聞けば、本当に空港会社の提訴は即刻却下されるべきだと感じます。おって裁判や報告会の報告をお伝えしていきます。まずは、市東さんの陳述を掲載致しますので、ご覧下さい。
また、午後からは「食の安全・監視市民委員会」の三宅征子さんを講師に迎えて、3回目の勉強会を開きました。
食の安全を守るとはどういうことなのか、それが市東さんの農地問題とどう結びつくのか、わかりやすくかつ確信に満ちた提起をしていただきました。こちらも順次紹介していきたいと思います。
陳 述 書
2008年9月1日
千葉地方裁判所民事第2部 御中
成田市天神峰63番地
市東孝雄
裁判も8回目を数えますが、勝手に「不法耕作」だと決めつけて、空港会社が私に畑の明け渡しを要求するこの裁判が、私にはどうしても納得できません。
いったい、どこが不法だと言うのでしょうか!無断で土地を売買し、地代を騙し取り、「不法耕作」の言いがかりで土地を取り上げる、―法を犯しているのは誰だ! と私は叫びたい。
農地を農地として守り続け誠実に地代も納めてきたはずの私が、忙しい農作業の最中に、こうして被告として法廷に来ざるを得ないことに、強い憤りを感じています。
私の貸借地は、「南台41-8」を含む、現に耕作している畑のすべてです。
そもそも「南台41」の土地は、昭和の初めに元の地主の藤崎政治郎(政吉の父)が宮内省から払い下げられたのですが、それ以前の大正期に、私の祖父の市太郎が原野を畑にした土地でした。以後代々、その一部を賃借して耕してきたのです。戦後の農地解放で自作地となるべき畑でしたが、手続きが適正になされず小作地として残されてしまった農地です。
いまの耕作場所は昭和の初めからです。一時、同じ小作の石橋政次の求めによって、石橋との間で場所を一部交換したことがありますが、私のうちが藤崎から借りた耕作場所〈契約地)は昔から一貫しています。
他方で、空港会社が主張する「南台41-9」の土地を、うちは一度も耕したことはありません。この場所を耕していたのは石橋でした。石橋の地所と隣り合わせの場所ですから、彼がここを耕すのは理にかなっているのです。この場所はうちが代々耕作してきたところから離れており、ここを借りることなどあるはずもないのです。このことは、畑に立って見れば分かります。うちが借りてもいない土地を契約場所だと、空港会社が今になって、勝手に言い張っているのです。
事実、私がいま耕作している畑を、うちは長い間堂々と耕してきましたが、元の地主の藤崎も空港公団も、場所が間違っているなどとは一言も言ったことがありません。もちろん、私も私の親父も、不法に耕作しているという意識は毛頭なかったし、今もないのです。
私のうちが一度も耕作したことがない、もちろん賃貸契約を結んだのでもない土地を私の契約地だと主張し、私が現に耕している正当な契約地の一部を「不法耕作」だと主張して明け渡しを要求するという、まったくもってデタラメな裁判、――これがいま、私が被告席に座るこの裁判なのです。まったく怒りに堪えません。
私は裁判長に言いたい。この裁判は、契約してない土地を契約地だと主張し、本来の契約地を不法耕作だという、間違った主張のもとに提起されたものであり、即刻、却下するよう求めます。
以上
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